オーガニックな意思決定プロジェクトの目的は、日常的に行われている豊かな意思決定を集団的な合意形成に適用するためのシステムの開発を行う事です。このシステムは合意投票行為のみならず、その前後の審議の円滑化や組織のパワーバランスの可視化などをサポートします。そのコアとなる、Propagational Proxy Voting (以下:PPV) は、これまで予算編組や政策評価、ウォーゲーム、企業の製品評価などに使われてきました。
以下が事例になります。
- ボストン市 Article 80
- Constelation of Metrics
- Cambridge Participatory Budgeting 2024
プロジェクトの詳しい背景は以下を参考にしてください。
まず、取り掛かる問題から始めよう。
問題提起
分断
“分断”を扱うニュースは日々我々の耳に届く。それが政治的なイデオロギーの違いから来るものであろうが、経済的なものであろうが私たちを取り巻く社会はどんどん二者択一、赤組か青組か、勝ち組か負け組かに分断されているように見える。
しかし、我々の日常はそんなに白黒はっきり分かれているものだろうか?もう少しニュアンスを含んだ複雑なものではないだろうか?あるいは、一緒にいる人によって柔軟に変わる豊かなものではないだろうか?
こうしたニュアンスを反映した意思を示せる場があれば、分断よりも話し合いを始めるきっかけになるのではないか?例えば隣人とは支持政党は違えど、特定の政策では同じ方向を向いているかもしれない。
参加のコスト
決めなければいけないことは山積みだ。今夜の夕飯、これからの家族の生活について、地球環境について。積極的な参加を呼びかける民主的な運動が増えるのはとてもいいことだ。ただし、あまりにも決める事が多すぎるようにも感じる。
その参加にはとても大きなコストがついてくるし、時間が余っている一部の人が有利になってしまう。例えいざ参加が叶っても、参加の形が特定のアジェンダに制限されていたら声をあげる事が難しくなる。
もし、自分が知っている範囲で参加の度合いを自由に決められる方法が用意されていたらどうだろう。わからない、難しいことは信頼する人に任せて(委任)自分の得意分野に関しては具体的な意見を述べればいい。みんながみんな同じ参加の形に強制される必要はない、自分だけの参加の形を模索できたらどうだろうか?参加の形にこそ多様性が必要ではないだろうか?
こうした状況に答えるために、この研究はオーガニックな意思決定を考えようとするものである。この文は「オーガニックな意思決定」と背反する「人工的な意思決定」があるのを示し、そのオルタナティブを提案しさらには現代が抱える様々な意思決定に応用する試みを紹介するものである。
Organic?
自然な意思決定は我々の日常に溢れている。説明するのに、身近な例から始めるのが適当だろう。
4 人家族でその日の夕飯を考えているのを想像して欲しい。下の子供は3時に大きなおやつを食べてしまったせいで食欲がまだ優れず、両親に任せている。上の子供はフライドチキンがいいという。母親は昨日肉料理にしたので、家計と健康を気遣い冷蔵庫にあるもので野菜中心のメニューがいいと考える。父親は、基本的に母親の意見に賛同した上で、できれば和食がいいという。
食事という具体的なテーマだが、立派な集団による意思決定だ。この何なの変哲もない夕飯の選択だが、実は 4 人とも全然違うものを提案している。下の子供は委任していて、上の子供は具体的だ。妻の方は前日の決定を反映しつつ、食材を提案している。父親はジャンルと委任の組み合わせだ。さらに不思議なのはてんでばらばらな立場から恐らく彼らは何かしらの食事にありつくという事だ。
この例の様にバラバラな参加1から最終的に決まるものを有機的意思決定とここで名付けよう。名前をつけたところで特別なものではない、日常生活で行われるこうした小さなごく普通の意思決定の積み重ねだ。
この対極にあるものは何だろうか。人為的に抽象度が制限された意思決定である。いくつか例をあげよう。大きな集団的な意思決定、例えば一般的な民主国家における国政選挙はどうなっているだろうか?恐らく大体が代議員を選出するか、その政党を選ぶ間接民主が取られているだろう、上の例で言えば、下の子供の参加の形に限定されている。この作為性は何も4年に一回訪れる国政選挙に限らず、我々の日常の至る所で遭遇する。例えば X の投稿に対するいいね!や Uber ドライバーに対する星の数やアマゾンの商品レビューなど限定的で作為的な参加に囲まれている。デジタル時代になりよりこうした傾向が身近になったといえよう。
この人工的な参加と先に述べた問題を照らし合わせよう。国政選挙でどちらかしか選べず、本当は特定の政策について主張が似ているのに、赤チームか青チームで分かれてしまい分断が起こる。自分がどう思うよりも子供達や当事者に決めさせた方がいいと思っているが、これも仕方なくどちらかを選ばないといけない。参加の形が制限されているのだ。
オーガニックにするには: Propagational Proxy Voting
上の家族の夕飯を決める例で見たような自然な意思決定をスケールさせ、大きな意思決定をよりオーガニックに扱えるために導入する仕組みを説明したい。その根幹に Propagational Proxy Voting(PPV)がある。このイントロは数学的な記述や厳密な定義を含めないので、その部分は論文を当たるか、プロジェクトメンバーの説明を聞いてほしい。
上であげた家族の夕飯という例を使って説明しよう。まず母親と上の子は他の家族に対して委任せずそれぞれの提案を行っている。上の子に関しては個別具体的な品目だ。母親はやや抽象的だ、この後に具体的な品目を提案・審議するのかもしれない。ただとにかく実行可能な提案だ。彼らの票はこうした政策に直接渡る。直接民主である。次に下の子はどうだろうか。両親という人のグループに対して委任している。国政投票でいえば、人のグループ、すなわち政党に投票している様なものだ。この例においては、母親と父親の間に力の差がなく、二人に等分されるとしよう。上の子とは対照的に下の子は間接民主という参加の形をとっている。
最後に父親の投票行為を見てみよう。仮に母親に賛同する気持ちが和食を推す気持ちよりも支配的だったとして、母親への支持が和食に対して三倍だったとしよう。和食に関しては、あとで具体的に決めるか、品目が決まったあとに和食風にするなどの提言につながるかもしれない。
以上まとめたものを見返すと、夕食のメニュー、ジャンル、人、グループ(政党)が混ざった信頼のネットワークが出来上がるのがわかる。PPV はこのネットワークの情報を使って、それぞれの票がどのメニューにいくかを計算する仕組みだ。計算のアナロジーとして正確なのはそれぞれの要素、人と提案した夕飯案、グループをバケツと見立て、それぞれが投票に応じて違った太さの水道管で繋がっているイメージだ。ここに一票分の水を人のバケツに流し込んだ時メニューのバケツにどの程度水がたまるかを観察するのと一緒である。上の子供はフライドチキン一択なので、そのまま水はフライドチキンに流れる。複雑なのは下の子供の一票だ。両親バケツへいき、これは母親と父親へ等分される。この時点で母親を経由したものは野菜料理に行き、父親を経由した水の大半は母親へいき、残りは和食に行く。
この簡単な例では感覚的に、母親の推している冷蔵庫の中の食材を使って野菜料理というのになりそうだという仮説が建てられる。理由としては、下の子供の両親への委任と父親からの賛同だ。実際計算の結果も同じものを示すし、母親への支持の集まり方も計算できる。
各構成員に対して何をどれほど信頼しているかの情報を集めることができれば、この夕食の意思決定をスケールさせることができるのだ。この家族で見たように、投票行為の多様性が許された環境である。
まとめ
最初に述べた問題に対してオーガニックな意思決定は答えられているだろうか?まず分断についてだが、オーガニックな意思決定は様々な立場と参加を尊重する。特定の政党に対しての支持を示しながら具体的な政策の不支持を表すこともできる。そうしたニュアンスを示す事で、お互いの話を理解するためのきっかけになると考える。参加のコストに対しても応えている、夕食での下の子供のようにもし具体的な政策に対してその時点で投票できなければ委任することができる。もし具体的な品目でしか参加ができなかったら、下の子供は参加しずらい。
Footnotes:
ここでバラバラな参加とはは抽象度のレベルの差を指す。例えば、フォーはベトナム料理に含まれている。この場合、ベトナム料理は抽象度が高い。直接民主と間接民主も同じように説明できる。数学ではこの含まれる関係を『階』とさす。一つ前のセクションで参加の多様性と説明したものとも同じ意味で使っている。