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建築学会記念シンポジウム原稿

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  • 20min

挨拶

こんにちは酒井です。MITメディア・ラボに所属しており、博士課程です。ラボの紹介と ともに自分の取り組みをご紹介します。最後にこのシンポジウムの表題についても僕の立 場から論を述べさせていただきたいと思います。

Media Lab 紹介

ご存知のかたもいるかもしれませんが、建築学会なので強調しておくと、MIT Media Lab は槇文彦さん設計の建物で、そこに現在26個の研究グループがございます。ラボそのもの は建築学部に所属しておりますが、ヒューマンコンピュータインタラクション、ARVRから、 バイオ遺伝子工学、社会科学、人工知能、バイオ、光学と個性を持った研究グループが共 存しています。僕は一言で言えば、闇鍋だと思います。これは正岡子規の闇汁図解から取っ てきたものですが、闇鍋を成功させるのは結構な知的行為に思います。

City Scienceについて

そんな闇鍋の中で、CityScienceという研究グループに属しています。一言でいってしま えば都市計画とテクノロジーの結節点を考えるという事になりますが、大きく三つを研究 の対象としております。

  • 一つ目はオンデマンドモビリティで、三輪車バージョンの自動運転プロジェクトです、 都市の移動体の面積効率を考えると、車よりもパーソナルモビリティの方が高いのが特 徴です。研究もメカニカルに躯体を作るというのに加えて、街の人たちのリアクション や、市行政側の設備投資や法整備などの社会実装における課題にフォーカスを当てた研 究も同時に行なっています。

  • 二つ目はシティスコープという集団的合意形成プラットフォームの研究になります。こ れに関しては、私が主に参画しているプロジェクトでもありますので、自分の研究と合 わせてご紹介させていただきます。

  • 三つ目はChanging Placesで、アーキテクチュアル・ロボティクスと言いましょうか空 間そのものをロボットと見立てたときに、空間の使われ方がいかに変わるかを研究して います。よく見るとオンデマンドモビリティ同様にとても社会性を帯びたものに見える と思います。土足文化や居間といった一室多目的な使われ方を考えると果たしてこれは アジア圏の生活様式に使われるかなど、グループ内での議論を展開しております。

僕のこと紹介

Smart Cityの定義

そんなMIT Media Lab, CityScienceラボで私自身がどのような研究をしているかの話をさ せていただきます。と、その前提として一つの疑問を投げかけさせてください。この立場 で話をすると、高い確率でスマートシティの研究ですかと聞かれます。そうなんですが、 その時研究者倫理としては何をもってスマートかという事にどれだけの仮説を持っている かが重要に思います。スマートグリッドで充電された自動運転で移動兼仕事をし、ピザと コーラをドローンで配送してもらい、それをビットコインで決済する事がどういった意味 を持つのかを考えましょう。

一言で言うと、僕は人間同士の協働している事がスマートに思います。色々な程度がある かと思いますが、個々人同士が協調することをサポートする技術を導入する事がスマート シティと言えると僕は考えます。

github

いきなり都市計画から脱線します。私の数年間で一番好きなプログラムはダントツでgit で、今ではマイナーなシステム・プログラミング言語であるRustでそれをああでもない、 こうでもないと実装し直すのが趣味になっています。

実際内部では、コミット間のintegrityというんですか、完全性を担保するのにハッシュ で連結リストでバージョンを管理しています。構造としてはブロックチェーンみたいな (オブジェクト管理はハッシュ木)もので、ソフトウェアエンジニアリングという意味で も興味深いし、分散システムの仕組みを知るのにもってこいなんです。

gitそのもの発明したのはlinusという人物で、linuxというOSの開発を今でもしている もはや伝説的な人でしょう。

linusの最初のコミットは2008-9年で、時系列でいうと丁度サトシ・ナカモトの論文 bitcoinのホワイトペーパーとも近くて、githubの台頭も含めて時代を代表するプログ ラムです。分散バージョン管理と謳ってるだけあって、ブランチ切ったり、フォークし たりとそれこそツリー構造を作りながら、プログラム自体が成長する様が歴史や記述が 自動的に可視化される様はプロセス論としても大変興味深い。

仕事でgitを使っていてこんな風に思っている人はすごい少数だとは思っているのです が、どのバージョンをせいとするかの合議プロセスでもあると思うのです。実際gitの 使い方でワークフローを解説しているところでは、フラットな草の根の開発の仕方もあ れば、独裁政治的な使い方も両方できる例が示されていて、ライナスのlinuxでの運営 は後者です。ちなみにLinux 数千人単位で9ヶ月くらいでリリースを続けるわけですか ら、ちょうど集団プロセスとしては古代ギリシャでの直接民主に近い規模感で一つのソ フトウェアを作っていると。これくらいの規模でまちづくりや建築設計ができるといい ですよね。

このプログラムを基幹としたソフトウェア開発のソーシャルネットワークがGithubとな りますが、ソフトウェアにおいては今ではデファクト・スタンダードでしょう。日本に おいては大手企業も含めてまだまだ使われていない印象がありますが、こうゆう所でど んどん置いてかれるのでしょう。

lmn

そんな中で、実はMIT前に作ったプログラムで、5,6年まですが、ブラウザ上で操作でき るおもちゃCADで、ヴァージョン管理の考え方を入れ込んだものになっております。こ のゲーム一つ制限が設けてあり、自分でモデルを作りたい場合は必ず既存のモデルを選 んで始めなければいけません。プログラム側がモデルデータを持っているので、その親 建築からどれくらい似ているかの割合を計算できます。その上でfacebookのごとくいい ねができるのですが、仮に人気のあるモデルが参照元のモデルとすごく似ている場合、 その評価を親にもキックバックするような仕組みを入れ込んでいます。これ以外にもこ の似てる率を使って自動生成ボットを作ったりしているのですが、これで示したいのが 建築設計の業界規範としての価値の考え方です。おそらく設計者はすべからく何らか他 の建築家および建築物から色々参照していると思いますが、それをマニフェストするメ ディアが無いために、デザインを盗んでると思われそれを良しとしません。

今の作家性を根本的に批評し、オリジナリティに対する問いともとれそれに意義を持たれ る方いると思いますが、この議論はすでに10年前から他の作業ではされており、今では戦 略的にそれを用いる試みが見られているので、建築や都市計画だけ特別視する理由が見当 たりません。

科学論文の参照システム、github上でのオープンソースの現状、ヒップホップおよびサン プリングミュージック、アニメ、などおおよそ今、若者が流れるメディアはそうゆう評価 基準だと思います。

こうゆう考え方はどうでしょうか、多分僕が論文を書いて一切の参考文献ナシで書いて、 投稿した場合に周りが忖度して採択される感じでしょう。それに違和感を感じるのは当然 のように思いますし、隠れてやるのではなく参照された側をむしろ賞賛・先代に感謝する ようなメンタリティってないのでしょうか。

海市ワークショップ

やっと都市になります、git的な考え方で都市計画をするものはまだ概念構築として試行 錯誤している所ですが、その中で一番近い試みは1992年で磯崎新によるICCでの展示海市 でしょう。その中の展示で連歌形式で都市を改造していくものでした。このやり方を部分 的に参照し高校生向け都市計画ワークショップを行ったりしています。各生徒にそれぞれ 違う色の色鉛筆を持たせて、1サイクル20分で他の生徒が書いたものの上に追加していき ます。

これ考え方によっては計画が分散バージョン化しているのが見えるかと思います。

中華街

git的な考え方で都市計画を見て、暗黙的にバージョンが分岐するものとしてすでにある 類例としてはどんなものを考えたときに今の所中華街に注目しています。記号として中華 街が華僑の人たちによってある時代にメインランドから分岐した街と捉えることができま す。もう一つ中華街の特徴としてインフォーマルな融資システムがあります、これ実はす ごくブロックチェーン的で、日本では昔無尽という形で近所でお金の貸し借りがあったよ うですが、東南アジアの中国人が多い場所では、wechatでやりとりが行われているようで、 それってもう他国だけど中国じゃないってことではないのでしょうか。ビットコインとか 要するにフィンテックで、これは往往にして国民国家の考え方も更新させざる得ません。

CityScope

さて、Media Lab で行っている開発の中で、city scopeという集団的合意形成プラット フォームを作っています。例えばマンション開発を行った場合の周りへの影響をあらかじ め予測し、集団で議論するためのものです。レゴでできているので、フラットタッチディ スプレイに比べて親しみやすいという利点があるかと思います。

Lost in Simulation

デジタルツインとかミラーワールド等々言われてますが、そういったインフラが整備され ると高解像度でその中に住むことも可能になるかと思います。VRの中で一番バーチャルな のは時間軸だと思います。シミュレーションもある想定された時間の中で計算が回ってい ますが、これだけスマホ端末が身近にあると、シミュレーションの中で住みながら、かつ リアルタイムで計算回すことになると思います。こういった環境の中で合意形成ができる ようになるかと思います。データオリエンテッドアーバニズムにある大半のプロジェクト は合意形成のところ、政策も含めて社会実装までカバーするのはまだまだ研究の余地があ るかと思います。それで、どんなものになるかを少し考えてみました。

まだ実際に見えるものがないのでこれというものをお見せできないのですが、マイクラと ポケモンゴーとシムシティが合わさったみたいなものです。これはインタフェース側で、 集団的に合意形成を行う仕組みとしてはCollective Intelligence Engineという名目で以 下の構成物になると思っています。

  • CIEを見せる

段階として4つに分かれていて、それぞれおさらいしますと。

  1. Breadcrumb GPS

    これは、データとしては基本的に位置情報が基本になるかと思います。よく考えると 位置情報って僕がそこにいたというステートメントになると思っています。僕がいつ どこにいてどんなインフラ・建物を使ったかという示していて、それを元にこれから 物理的なインフラの改善していくということだと思います。位置情報をIDとして色々 な情報ついてくると思うのですが、物理的な意味を持ったパンくずとしてデータを捉 えるのが最初のステージになります。

  2. Tokenized Economy

    位置情報が意味を持って、すなわちインフラを利用したというステートメントを了解 すると、それが交換可能な価値を持つということになるかと思います。

  3. liquid democracy

    交換可能な位置情報を持ってどの政策や計画を選ぶかという民主プロセスとしては、 liquid democracyという方法論に注目しています。端的に申し上げますと、直接民主 と間接民主制の融合で、複数票があった時に具体的な方策と人や政党、アルゴリズム といったものに堺なく投票できるシステムとなっています。計算をしますと、どの計 画案が人気かという事と同時にどの代議員に票が流れたかを同時に見ることが可能に なります。このモデルの強さは、完全な分散である草の根投票システムも、普通選挙 や小選挙区制といった間接民主制も、あるいは一党独裁といった帝国主義的なものも 全て表せるということになります。

  4. Smart City

    それを持ってして、人が集団的合議をより自分のデータに関して価値を感じ、能動的 なまちづくり参加が実現すると、そういった仮説になります。

これは具体的にIoTをどうするとかドローン配送を行うとか、自動運転安全区域を決める といった事を決めるプラットフォームとなります。

建築情報学会について

Media Labの立場からするとどうしてもこの建築と情報を選んだ妥当性を考えてしまいま す。一般的にいうと二つの学問体系を組み合わせるということは学際研究と言われ、目的 としては橋架けとすることで両体系に寄与するということがあろうかと思います。

果たしてそうなのでしょうか?

Fab Labの父のニールガーシェンフェルトと量子学者のセスロイド、A new kind of Science のウルフラムの対談で、学問体系の分岐の仕方が未だ正確にわかっていないとい う事が議論されています。歴史を記述する方法論がなければ、それはやっぱり難しいわけ ですよね。

建築情報学会で論文を寄稿した場合、その論文が建築と情報学会それぞれで引用される事 が望ましい。ですが、建築学会と情報学会の両学問での規範、および研究の目的に対立が あった場合それは片方の学会では評価されない。どうであれ、各論文の引用をメタデータ として抽出するようにしたのも最近ですので、学問体系そのものの進化というのはまさに 研究され始めているところです。

建築情報学会によって、更に建築とデジタル技術を対象に研究する分野がますます孤立す る可能性もあるかと思います。技術転用の可能性が高いデジタル技術を建築学会が失うの も損ですし、情報が物理的な環境との接点である建築と都市を失うのも良くない事でしょ う。

ぼくの立場として、ここはやはりgitやリミックスという概念に戻ります。脱中心化か技 術を語るのであれば、まず最初に解体されるべきは権威的な学問でしょう。誰もが自由に 学会を設立し、自由に論文を投稿しあい、論文集も各々のキュレーションに応じて作られ るのがナイーブな理想かと思います。所属する研究室でもこういった研究そのものを研究 する試みはあり、New Knowledge Initiativeとして取り組まれています。これから、自分 の博論をまとめる際に、特にこういった論文のメディア性を考える事が多く、テクノロジ ーそのものの社会的意義が問われている昨今において、引き続き考えていかなければなら ないと思いました。