藤村さん

『ちのかたち』

設計の履歴 p.003

設計の履歴を可視化する事で、(中略)生み出す建築をより深く、新しいものへと進化さ せることができるだろう。

社会の複雑性は広がりよりも時間 p.051

社会の「複雑な全体」もまた、その広がり=スペースに着目するよりも、流れ=タイムライ ンに注目することで理解され得るのではないだろうか。

設計要件のLazyLoading p.067

これらの要件は、本来であれば設計を開始する前に定義されていなければいけないもので ある。

検索と比較 p.078 - 079

設計のためのパラメータ(媒介変数) が定まるまでのあいだを「検索過程」、設計が定まっ てから異なるケースごとに形態を比較して最終形を定めるまでのあいだを「比較過程」と 呼ぶことにした。

他律と自律 p.149

検討を続けた結果、今回はいつものように他律的に解くのではなく、少し自律的に解いて 見ようと思った。

かたちのライブラリ化=記号化 p.195

オプションを3つに絞る際に、得られた3つのオプションは、特徴をを整理し、それぞれの 特徴を構成する要素を明らかにした上で類型化するという、極めて構成論的なアプローチ を採った。

他律と自律 p.411

「ちのかたち」類型化を示し、

…個人への仮託や委員会、ワークショップや投票など、従来の意思決定システムとは異 なるかたちで、意見の違いや、意思決定など政治関する差異も、コストやバランスなど経 済に関する差異も、地域やローカリティなど文化に関する差異も反映した、直接かつ深層 的な対話による「ちのかたち」としての建築をつくることができるかもしれない。

模型によるドローイング - 南後 p.421

他者に開かれた集団的設計のツールとして模型を駆使する。

模型は、他者とのコミュニケーションを履歴として蓄積、保存したメディウムである。

集合知にかたちを与える建築的思考を, - 南後 p.423

藤村にとって、建築とは「集合知のかたち」としてある。現に藤村は「集合知」にかたち を与える建築的思考を、展覧会キュレーション、大学での設計教育、さらには自治体にお ける組織の垣根を超えた行政改革などへと積極的に応用している。

建築家の系譜という線 - 南後 p.425

まず、藤村の建築に見られる構成論や抽象化への関心は、出身大学でもある東京工業大学 の篠原一男、坂本一成や塚本由晴らの系譜に連なるものである。

ただし、….文脈を交差させたところにあるように思われる。

時系列を従ったかたちの群れから学ぶ知識 p.447

そう考えると、ふたつの模型の差分が「かたち」を読み取る鍵になる。

(中略)

「ちのかたち」は「知識の反映としてのかたちの群れ」と「時系列を伴ったかたちの群れ から学ぶ知識」が相互にフィードバックする事で進化していく。

これ、完全にソフトウェア工学ですよ。

語彙の開発 p.449

本書を通じて自分の実現してきた建築を改めて「時系列を伴ったかたちの群れ」としても う一度眺め直してみると、語彙の開発が課題であると感じる。

機械言語も駆使した

VersionControl

機械言語の方に行っちゃうの…?

都城スキャニング

純粋に愛から

都城、建築界からの反応今まで肯定的なものから否定的なものからどんなものがありまし たか?

このスキャンしたデータ今ところだれの所有物になっているんですか?

スタンスとして純粋に愛からといっていた箇所があって変な話ですが、これが一番重要だ とおもんです。前の設計者や建てられたコンテクストを尊重し、それを広める必要が豊田 さんたちが感じたからやり、建築業界や広く社会に対して還元したいというのであれば、 結構精神としてヒップホップに近いなと。このビートかっこいいよねと。

どうゆう方向に持っていきたいかと言うと、実は業界規範として、設計の知の複製をリミッ クスできるかと言う話になるかと思います。これに関連した動きもいくつか見られるんで すが、究極は建築設計をサンプリングミュージックのように、ブリコラージュメディアと して変質させようという壮大な野望があると思います。音楽・出版・アニメ・映画とか悉 くポストモダン化していきます。最後の砦として、こうゆうことって受け入れないですよ ね?

例えば、豊田さんが携われた作品をリミックスされる事って考えられますか?城を改変し てn次製作ってありえますか?

帰国して間も無く、中川エリカさんの横浜アパートメントの話を聞きました。素晴らしい し、もっと増えればいいと思います。実際モデレートしていた西村さんもなんで増やさな いの?ギットハブにあげちゃえばいいじゃないとおっしゃっていて、斎藤さんは「エッセ ンスをコピペするのはいいのでは」とか「建築でそれするのは(残念ながら)まだ早い」 と言ってたんですけど、それは建築業界としての立場であって、普通にクレジットするか らパクっていいですかって聞けばいいんだと思います。

大量生産と少量多品種の解像度が荒すぎで、横浜アパートメントを10万ではなくて例えば 3とか7複製部分的にってことなんですけどね。

ここまで意識的に、設計者が他人のデザインを取り入れていないと言う前提で話をしまし た。こんなの全然嘘で、実はみんな暗黙了解的にやってます。それをわざわざ手の内明か す必要はないと言われるそうですが、なんか影でこそこそして、現法律では著作権的な検 知でいうとグレーなものをやるより、よっぽどサンプリングミュージックやヒップホップ の方が想像コミュニュティとしてはスマートに思います。

スマートネス

MITで都市計画をしているというと、十中八九スマートシティですかと聞かれます。それ はそれでただしいいのですが、研究者倫理として、何を持ってスマートとするかの仮説が 必要に思います。この単語大分形がい化されて、意味も変わってきて、苦虫噛んだような 顔で「スマートシティ距離置く派」でも全然いいんですが、逆に自分から言葉の定義変え ちゃって、ただしその言葉の意味には責任持って熟考するというスタンスかなと思います。

私個人としては、先ほど申し上げた、想像メディアとして、集団的合議に基づく複製 の民主化だったり、人間がインフォーマルかつ組織的に行う融資システムの仕組みだった り、商店街でママチャリが避けあってる状態だったりをスマートとしています。それらが 点と点でどうやって結ばれているのか模索中ですが、個別具体的な自動運転やドローンと 同じように重要なスマートファクターに思います。

豊田さんの万博での取り組みをあえてスマートシティの文脈で捉えるとどういったスマー トネス、別に万博に関わらずどんなスマートネスが考えられるでしょうか?

  • 例えば、都市のアメニティの中で収入多様性がある場所はどこだという研究で、各お店の

入っている収入の分散をマッピングしたプロジェクトなんかが、隣のグループで発表され てたりました。その中で実はアメリカの中でラーメン屋が特出して貧富の差を受け入れる お店ですとか言われて、普段あまり意識しないのですが、ちょっと嬉しくなったりするん です。でも冷静になるとso what。

  • 東京はある指標に寄れば、少し古いかもしれませんが、自転車専用路が10kmしかないの に、自転車に優しいまち世界top10

    でも、自転車研究まだまだデータバイアスかかってる。

  • git と 中華街

    僕のこの5年間で一番好きなプログラムはダントツでgitで、今ではマゾ言語の(安全でGC がない)rustでそれをああでもない、こうでもないと実装し直すのが趣味になっています。 実際内部では、コミット間のintegrityいうんですか、完全性を担保するのにハッシュで 連結リストでブロックチェーンみたいな事(オブジェクト管理はハッシュ木)があって、ソ フトウェアエンジニアリングという意味でも興味深いし、分散システムの仕組みを知るの にもってこいなんです。

    じゃあそれと都市計画どうやって繋げるのというのは直接的にまだありません。ただ、都 市研究の中で僕が最もgit的、ソフトウェア産業で言われているVCSと関わりがあるのが、 中華街だと思っております、中華街エッセンスが国境を超え、それぞれ個性を持ちつつも 一貫してChina Townとして成り立っている状態は日本の伊勢神社の式年遷宮につながるソ フトウェアでの都市OSのように感じます。

    こう行った譲り合いですとか、中華街のOS的なスマートネスは昨今のスマートシティの議 論に出てくることないのですが、ブルームバーグがNYでやったこととSidewalksラボがト ロントでやろうとしてることを比べるとうっすら見えてきたりもします。

    ブルームバーグの都市整備で成功したと言われてる最大の理由はバックにいる都市 計画コンサルのGehlという事務所だと僕は思っています。Gehlの年代的にはチャールズ・ ムーアと言われる建築家と一緒で、思想としてはバカみたいに観測に重きを置く人たちで す、人件費と時間がかかるのに徹底的に観察してデザインしていく手法なのですが、それ がObservationとデータを照らし合わせることが合致してうまく行ったものかと思います。 それがsidewalkになりますと、そう行ったObservationそもそもデータは見るものであっ て、売っ払うものでないという視点が足りてないのがsidewalksで、実は最近Gehlをコン サルとして入れていたりします。