アンチディシプレナリー 2019-07-31

5年目にしてやっとメディアラボが少しわかった。昔読んだ東浩紀の「動物化するポストモダン」を再読してやっとわかった。

伊藤穰一が言っているAntidisciplanary、直訳すると、反学問ということになって、いろいろ誤解を生む。でもその誤解が実は誤解として正しいってことがわかった。

一番低レベルな認識は、アンチってなんか「ネガティブだからあんまり好きくない」と言っている人が内部でも結構いるんだけど、そうゆうのはなんかもう…どうすればいいのかわからない。傾向としてはアメリカ人と中国人に多い。なんでもポジティブなんだよね。

次が「え、勉強しなくていいの?」みたいなアンチアカデミアに聞こえる。MITにいながらアカデミアを否定するってどれだけ自己矛盾なんだよって事だけど、この認識は正しい。僕らが今学問として対峙しているというものに限界がありますと言ってる。東さんは95年以降ポストモダンはシミュラークルとデータベースによって娯楽メディアが成り立っていて、それが社会全体に影響を与えるよと述べている。シミュラークルとデータベースは難しいけど超大雑把にいうと世の中どんどんヒップホップになっていくよという事である。

ここでいうヒップホップとは自分で聞いたのをかっこいいと思ったら、その曲の「かっこいい」ところを適当に使って、寄せ集めてまた新しい曲を作って、「これどう?」って聞いて回って満足するジャンルだと思っています。伊藤穰一のアンチディシプレナリーってのは、学問もヒップホップよろしく、DJしてやっていきましょうという表明であると思う。

体系(ツリー構造)だった学問(クラシック音楽)を学ぶ(decipline)ののではなく、データベースからアドホックに学問を選り取りみどりしていきましょうという事で、これは、多分僕らが学問と言ってるものとは違うから、反学問なんだよと。「大きなビジョン」でも書いたけど、これはいろいろ民主化するし、いかんせん簡単だから、動物化だと思う。東さんはオタクを糸口に社会を語ったけれど、その学問版だと思う。

やっぱり、ヒップホップなんだと思います。全然いいと思わないけど。