(仮)City Science Lab @ Japan 設立構想
1. 背景:City Science Network とは
我々MIT メディアラボの City Science グループ (ディレクター:Kent Larson)は、世界各地の大学・研究機関・自治体と提携し、姉妹研究ラボのネットワーク「City Science Network」を約10年にわたり展開してきた。現在、台北、アンドラ、上海、ハンブルク、グアダラハラ(メキシコ)、ビオビオ(チリ)、ギプスコア(スペイン)、トロント、ネゲブ(イスラエル)、ホーチミンなど、アジア・欧州・南北アメリカ・中東にまたがる約10拠点が活動しており、データ、コード、シミュレーション手法、市民参加のためのツール(CityScope など)を共有している。ネットワークは年次サミット(City Science Summit)や月例のリサーチトークを通じて相互に研究を交換している。
各ラボは「住みやすく、公平で、レジリエントなコミュニティの実現」という共通目標を持ちながら、それぞれの都市の文脈に根ざした特色(強み)を持つ。例えばハンブルクでは難民住宅の立地をめぐる合意形成支援、台北ではデータ解析とロボティクス、アンドラでは観光、ギプスコアではモビリティ分析といった具合である。
これまで日本には拠点設立の議論がなされてこなかったが、今回の国内の各方面との対話を経て、少しずつ構想を具体化していく局面に入った。名称は「City Science Japan」ではなく、ネットワークの慣例に従い都市名を冠する形(City Science Lab @ Tokyo / Osaka / Kyoto など)が想定される。
本メモでは、仮に日本にラボが設立されるとした場合に考えられる3つの研究フォーカスを整理する。
2. 支柱①:都市開発学 — 不動産・経済から見た都市のなりたち
概要
City Science の名の通り、第一の柱は都市開発そのものに関わる研究である。City Scienceは同校MIT の CRE(Center of Real Estate:不動産研究センター) と関係が深く、現在も双方の研究者が、経済学的・不動産学的な観点 — 採算性・収支計画などを含む — からの都市研究を中心的に進めている。
問題意識
- 「なぜ都市開発が行われるのか」を理解するには、採算性といった経済・不動産のメカニズムへの理解が不可欠である。
- 日本の都市開発は(他国も同様だが)非常にユニークであり、良い面も悪い面もある。それらを国際比較の視点で相対化して考えられる場としてのラボが望ましい。
補足(参考)
日本の開発文脈の特殊性としてしばしば挙げられるのは、鉄道会社主導の沿線開発(TOD の先駆的事例)、再開発組合方式や権利変換の仕組み、容積率緩和と引き換えに公共貢献を求める都市再生特区制度などである。これらは北米・欧州の開発モデルとは大きく異なり、比較都市開発研究の題材として国際的にも関心が高い。MIT CRE との接続は、こうした日本型開発モデルを世界の研究コミュニティに開くうえで自然な橋渡しとなる。
3. 支柱②:メカニズム・ガバナンス(仮称)— AI を前提とした統治の研究
概要
二つ目は近年の AI の急速な進歩により、ホワイトカラー業務の多くが AI に置き換わると言われるなか、いずれ機械(AI)が人間の重大な意思決定に介入してくることを前提とした場合、どのようなガバナンスがあり得るのかを考える研究フォーカスである。
問題意識
LLMの進歩を前提としているものの、これは AI ブームに乗った付け焼き刃的なテーマではない。「メカニズム(仕組み)がガバナンスに介入してきた」という歴史的経緯を踏まえた、基盤レベルの研究として位置づける。具体的には:
- 日本には式年遷宮のように、「決め事の仕組み」としてプロセス自体が制度化されている例がある(※伊勢神宮で20年ごとに社殿を造り替える制度。個人の判断によらず周期という仕組みが更新を駆動する例として)。
- 一方で投票理論(social choice theory) のように、物事の決め方そのものに非人間的(メカニズム的)な側面が組み込まれている例もある。
こうした人類が歴史的に用いてきた「決定のメカニズム」を包括的に見渡しながら、AI と統治(governance)の関係を都市・計画のスケールで考えていく。
補足(参考)
この方向性は、City Science グループ本体の近年の研究シフトとも整合的である。グループは近年、単体のシミュレーションツールの開発から、「フィードバックループと適応的インセンティブを備えた動的なガバナンスシステムの構築」— 合意形成と社会的(pro-social)な開発を可能にするもの — へと研究の重心を移していると自らを説明している。また、動的に再構成可能なインセンティブでゾーニングを駆動する Algorithmic Zoning などの先行プロジェクトも存在し、日本ラボの本支柱はこれらと直接接続し得る。
4. 支柱③:なめらかな都市の計画 — 合議システムとしてのダイナミックな都市計画
概要
第三の柱は、支柱②と一部重なりつつも、「なめらか都市構想」の一環として、合議のシステムとしてのダイナミックな都市計画のあり方を対象とする研究アジェンダである。
問題意識
- 現状、都市計画図(マスタープラン・用途地域図)は5〜10年に一度しか更新されない。
- 北米では合意形成ができないために、1965年〜70年代からゾーニングが一切変わっていないような地域すら存在する。
- 社会の要望をもっとシステマチックに、継続的に計画へ反映できる仕組み — 静的な計画から動的・応答的な計画へ — が求められており、これはCity Science の研究アジェンダの中でも重要なファクターである。
日本の文脈
この支柱には日本固有の文脈もある。前述の法整備に起因する街の成り立ち、すなわち制度が都市の形をどう規定してきたかという問題を、このフォーカスエリアで併せて議論したい。
補足(参考)
「なめらか(smooth)」という概念は、二値的(承認/否認、計画変更あり/なし)な社会制度を連続的・漸進的なものへ置き換える発想(鈴木健『なめらかな社会とその敵』などで知られる系譜)と響き合う。都市計画に引きつければ、「10年に一度の全面改定」ではなく、市民の選好や都市のセンシングデータが継続的に計画へ流れ込み、小さな更新が絶えず行われる状態を指す。City Science における合意形成支援研究(例:ハンブルクでの CityScope を用いた44回の住民ワークショップ、Consensus Collages などのガバナンス支援ツール)は、この方向の技術的基盤となる。
5. 3つの支柱の関係
| # | 支柱 | 問い | キーワード |
|---|---|---|---|
| ① | 都市開発学 | なぜ・どのように都市開発は行われるのか | 不動産経済、採算性、MIT CRE、日本型開発の国際比較 |
| ② | メカニズム・ガバナンス | AI が意思決定に介入する時代の統治とは | 式年遷宮、投票理論、決定メカニズムの系譜、AI と統治 |
| ③ | なめらか都市 | 都市計画をどう動的・応答的にできるか | 合議システム、動的マスタープラン、都市再生法制、なめらか都市構想 |
①が「都市がなぜできるか」(経済的駆動力)、②が「都市を誰が・どう決めるか」(統治の仕組み)、③が「その決定をどう連続的に回すか」(動的計画)に対応し、三者は開発 → 統治 → 計画更新という一連のサイクルとして相互補完的である。②と③は特に重なりが大きく、ともに「AI・メカニズムを組み込んだ合意形成」という City Science Network 全体の最新の関心とも一致するため、日本ラボの明確な特色(強み)になり得る。