地域課題の合意形成支援システムの研究

伝播型代理投票(Propagational Proxy Voting)を用いた多層的選好集約と都市実装

背景と問題意識

現代の都市行政は、住宅・交通・防災・公共空間・コミュニティ施設といった相互に結合した多領域にまたがる意思決定を、年単位から世代単位までの異なる時間スケールで行う必要がある。しかし、住民の意向を反映する既存の手段(住民説明会、パブリックコメント、参加型予算編成、アンケート調査)は、本来多次元的であるはずの選好を離散的かつ即時的な単一争点に縮約してしまう。その結果、「現に発言した者」と「具体的に想像できるもの」に偏った合意が形成されやすい。

たとえば、防潮堤の整備のような長期的・確率的・抽象的な施策と、地元のパン屋への支援のような短期的・具体的・体感可能な施策とを、同じ評価軸で比較する手段が存在しない。さらに、住民説明会に常連として参加する少数の声が全体を代弁するように扱われ、参加が偏る事によって起こる「空席問題(empty chair problem)」ならびに将来世代や未来住民といった非参加者の選好が構造的に欠落するという課題も、既存の参加型手法では原理的に解決できない。

目的

本研究は、市民の意向を多次元的・階層的に集約し、それを都市開発の意思決定に活用可能な形で提示する合意形成支援システムを構築することを目的とする。

(この研究の対象ではない)最終的な成果物として、開発事業者が規制緩和・審査迅速化・補助金などのインセンティブと引き換えに選択できる、住民の選好に基づき動的に生成される公共貢献メニューを設計するための重要な一歩となる。これにより、行政担当者は「住民が何を本当に求めているか」を可視的かつ正当性をもって把握でき、開発事業者は地域に整合した便益提供を効率的に行えるようになる。

アプローチ

本研究は、MIT City Scienceが先行研究で提案した 伝播型代理投票(PPV; Sakai et al., 2025, arXiv:2504.13641) を理論的基盤とする。PPVは、有権者が政策・他参加者・中間ノード(カテゴリや集団)に対して分数的に票を配分し、静的マルコフ連鎖により最終的な合意分布と各ノードの影響度(Net Proxy Vote)を導出する枠組みである。本研究では、これを次の三つの軸で拡張・展開する。

  1. 機構の拡張 — PPVの中間ノードを都市機能(防災、移動、公共空間、社会基盤等)に対応づけ、選好が機能間の結合を介して伝播する構造を導入する。また、無作為抽出による標準代理(sortition default)で非参加者を、人口予測モデルにより将来住民コホートをLLMを使って表現し、空席問題と世代間代表性の両方を検証する。

  2. インターフェース設計 — 住民向けの投票アプリと、行政担当者向けの合意・対立・影響度を可視化するダッシュボードを設計・実装する。後者は開発審査の実務に直接組み込めることを意図する。

  3. 都市実証 — MIT Media Lab の City Science(CCC)ネットワークと連携する自治体において、開発審査のプロセスを想定しPPVを組み込み、実環境下で検証する。

期待される成果

  • 多次元・多時間スケールの市民選好を扱える、合意形成機構の新たな理論的定式化
  • 行政担当者および開発事業者が利用可能な意思決定支援システムのプロトタイプ
  • 実都市における導入事例と、その政策的・社会的影響に関する実証的知見
  • 「沈黙する多数」と「将来世代」の代表性という、民主的意思決定の根本問題に対する方法論的貢献

実施体制

MIT Media Lab の City Science グループ及び Center for Constructive Conversation が有する都市プラットフォームおよびパートナー自治体ネットワークを基盤とする。先行研究のケンブリッジ参加型予算編成での実験(69名)を出発点とし、理論拡張・システム実装・自治体実証を並行して進める。